インクジェットプリント用紙の特性
FLトクヤマ フレスコジクレー

【特徴】

フレスコジクレーは大手総合化学工業メーカーとして有名なトクヤマが、自社の持つ技術を応用し、漆喰をベース紙の上に塗布し内装材や印刷用シートとして製品化したものの一つで、大変ユニークな日本発のプリント用紙である。現在はトクヤマの子会社であるFLトクヤマから販売されている。
漆喰は、そもそも石灰を指す用語で、水酸化カルシウムや炭酸カルシウムを原料とし、二酸化炭素を吸収しながら硬化する特性を持つ。日本では数千年前から壁面の上塗り材として使われてきた馴染み深い建材である。
海外でも壁面材として使われており、中世に建設された教会などに描かれたフレスコ画は有名である。これはイタリア語で「新鮮」を意味する“fresco”(英語ではfresh)を語源とし、漆喰壁を塗ったあと、乾燥しきらない「新鮮な」うちに描いたことに由来する。
フレスコジクレーは漆喰シートの表面に0.05~0.3mmの不規則なキズをつけ、そこにインクジェットのインクを乗せることにより、漆喰の凹凸(エンボス)を生かした質感を実現しようというものである。これにより、光沢紙やスムーズ系マット紙に見られるような平面的な印象でもなく、テクスチャー系マット紙のようなラフもしくは丸みのある穏やかなテクスチャー感でもない、いままでに類を見ない独特の質感を実現している。
とくにタングステン等のスポット光源を上部から下に向かって照らしたときに立体感が感じられる。別の用紙では味わえない表現を楽しむことができる。
フレスコジクレーにはType R(ラフなテクスチャー)とType S(スムースなテクスチャー)の二種類がある。用紙厚はメーカーからは公表されていないが、独自に測定したところ、厚みはType Rは0.39mm、Type Sは0.42mmだった。
この用紙の価値は先に述べた独特の表現力であるが、世界に類を見ない「日本のオリジナル」用紙であることにも注目したい。海外でも年々認知度が高まり、高い評価を受けていることから、和紙と同様、日本のユニークな技術を海外に発信できる素材である。

【使いこなし方】(注意点)

Type RとType Sのどちらを使うかはもちろん好みで選べばいいが、光源入射角による見え方の効果はType Rのほうが顕著だ。Type Rは基本的にはラフなテクスチャー感を演出に使うのが好ましい。
一方、スムーズな表現を求めるときにはスムーズなType Sを選ぶといい。一般的にはポートレートなどのきめの細かい表現を追求する場合にType Sが向いているといえる。
なお、現時点ではこの用紙はエプソンのみの対応となっている。キヤノンプリンターでは十分な性能を発揮できないので注意が必要である。今後の対応を期待したい。
FLトクヤマのメーカーサイトによると、印刷後に各色の色変化が収束するには少なくとも3時間(※)、最終的に色が安定するのに要する期間は1~2週間程度必要とのことである。
(※印刷後3時間時点と最終的に安定した状態との色差ΔEは1+α程度)
用紙の反りも必ずといっていいほど発生する。反りが直りにくい紙だが、プリントする前にできる限り反りを直すことが必要である。また、漆喰の破片が用紙表面に乗っていることが多いので、必ず柔らかいブラシで払い落とすようにしたい。空気に触れることで漆喰の硬化が始まるので、残りの用紙はすぐ密封し、早めに使い切ることをおすすめする。
この用紙への印刷には顔料インク、黒インクにはマットブラックインクを推奨する。特性はマット紙に似ているが、シャドウ部の階調のつながりはデリケートで、ときに階調のつながりがスムーズにならず急激に変化してしまうことがある。インク受容層がないためか、マット紙に比べ許容範囲が狭い感じである。
とくに気をつけないといけないのは黒インクの濃い部分にマゼンタ色が乗って見えてしまう「ブロンズ現象(ブロンジング)」だ。この用紙はブロンズ現象が発生しやすい。
その場合の対策として、黒レベルを浮かせるなどの工夫もあるが、効果が十分に出ないことが多い。その場合はワニスのスプレー(ホルベイン社の「マット・バーニッシュ」を推奨)を薄く吹きかけるのが手っ取り早い。
ただし、スプレーする際には吹き付けムラにならないよう、近くから吹きつけないこと。吹き始め・吹き終わりは用紙の外側とし、用紙上を一直線に通過させる。プリント用紙内で折り返して吹きつけないこと、多量に吹きつけない(できれば一度塗りに留める)ことなどに注意する。直射せず霧雨のように上から降らせるようにするといいかもしれない。
とにかく、濃度の高い黒の面積は抑えるようにしたほうが楽に使いこなすことができる。

【評価】

1)紙白の印象、蛍光増白剤 → 5

紙白はb*が3程度のニュートラルに近い白で、あらゆる色合いのプリントに向いている。また蛍光増白剤は含まれていないので、光源が変わったときの色の見え方の変化や経年変化の心配がなく、長期保存性に優れている。

2)風合い(面質、テクスチャー) → 5

漆喰と独特の凹凸(エンボス)によるプリント仕上がりの質感はたいへん魅力的であり、ほかの用紙と一線を画す。 Type R/type Sの二種類のエンボス違いの使い分けができるのも楽しい。

3)階調性、黒の濃度、暗部コントロールのしやすさ → 2

この用紙はシャドウコントロールに神経を使う。ほかの用紙に比べてやや気難しい用紙だ。ブロンジングに悩まされることがある。

4)解像感 → 5

ほかの用紙でいうところの解像感とは意味合いは異なるかもしれないが、独特の立体感を伴うテクスチャーが醸す質感がこの用紙の最大の魅力である。

5)発色 → 4

印象としてはマット紙に似ている。黒の濃度も、各色の彩度もほどよく表現される。

(総合評価) → 5

アートプリント紙として独特の世界を持つユニークな用紙だ。少し気難しい用紙だが、濃度の高い、シャドウ寄りの階調のつながりに気をつけながら階調を追い込むことにより、ほかの用紙にはかえがたい表現が得られるという魅力がある。使いこなしの注意点が多いので、それらを確実に押さえたい。

【L*a*b*の測定結果】カラーモード (ICCプロファイル知覚的)

L*
【L*の測定結果】カラーモード (ICCプロファイル知覚的)

a*
【a*の測定結果】カラーモード (ICCプロファイル知覚的)

b*
【b*の測定結果】カラーモード (ICCプロファイル知覚的)

  • L*の階調特性はほぼリニアで黒の濃度もしっかり出る。
  • a*、b*もとくに偏りがない。
  • 紙白はa*はほぼゼロ、b*は3程度。
  •  プリンター:Epson PX-5V、マットブラックインク、UltraSmooth Fine Art Paper設定(超高精細)
     ICC Profile : X-rite i1Profiler/i1iSis

【L*a*b*の測定結果】モノクロモード(Epson PX-5V)

L*
【L*の測定結果】モノクロモード(Epson PX-5V)

a*
【a*の測定結果】モノクロモード(Epson PX-5V)

b*
【b*の測定結果】モノクロモード(Epson PX-5V)

  • L*の階調特性はL*=30を境に傾向が異なる。
  • a*はややマゼンタ寄り、b*は特性がうねるがいずれも許容範囲。
  •  プリンター:Epson PX-5V、マットブラックインク、UltraSmooth Fine Art Paper設定(超高精細)

【用紙テクスチャー(粗面)とプリント色】

用紙テクスチャーとプリント色

【プリント後の彩度と明度変化】

プリント後の彩度と明度変化 赤
[4]

赤(R)の彩度は標準的だが70%を超えてから飽和する。

 

プリント後の彩度と明度変化 黄
[5]

黄(Y)は高い彩度まで素直に表現される。。

プリント後の彩度と明度変化 緑
[4]

緑(G)の彩度は標準的な発色。高い彩度は出ないが素直な特性。

プリント後の彩度と明度変化 シアン
[4]

シアン(C)についても標準的なレベル。

プリント後の彩度と明度変化 青
[4]

青(B)は彩度が高まるにつれ濃度感を伴う発色となる。

プリント後の彩度と明度変化 マゼンタ
[3]

マゼンタ(M)は60%手前で飽和しているが、標準的な発色レベル。

6色の平均点=4.0


FLトクヤマ[フレスコジクレー] 吉田繁(Shigeru Yoshida)先生の使用感

吉田繁(Shigeru Yoshida)先生の使用感

日本の最先端技術のオリジナル用紙

僕が自分の作品にフレスジクレーを使っているのは、この用紙が日本の最先端技術によってつくられたもので日本にしかないことがいちばんの理由です。海外のフォトレビューで見せたり、写真展を行なうときも、トーンの美しさに驚かれ、この紙はどんな紙なんだとよく聞かれますが、日本の技術でよってつくられた最新の用紙で、フレスコ画の技法を基にしているというとなおさら興味を持たれます。欧米の人はフレスコ画のことを知っていますが、こうして興味を持たれることはとても重要です。日本人が自国の優秀な用紙を使って作品をつくることはそれだけで大きな意味を持つことになります。

吉田繁(Shigeru Yoshida)先生の使用感

アーカイバル性と立体感

中間トーンの多い僕の作品にはとても合っていると同時に、保存性の高さにも注目されます。とくに美術館関係のキューレターさんには100年持つというのは魅力的な要素だと思います。また、タングステン光源のスポットライトを上から当てると、非常に立体的に見えるのがフレスコジクレーの特徴です。モスクワで写真展を開催したときも、そういった点に対するテレビのインタビューが5件もありました。これまで見たことのない日本の素晴らしい用紙として評価されたので、この選択は日本人として正解だったと感じています。