インクジェットプリント用紙の特性
ハーネミューレ ウィリアム・ターナー
【特徴】
ウィリアム・ターナー(William Turner)は、ハーネミューレ社のコットン100%の素材を使ったマット紙である。ウィリアム・ターナーは18世紀末から19世紀のイギリスのロマン主義の画家の名に由来する。
この用紙の最大の特徴は用紙表面のラフなテクスチャーである。ハーネミューレの中ではもっとも荒々しい。
ちなみに、入手しやすい用紙の中でいちばんラフなものはキャンソンの水彩紙ベース「アルシュ・アクアレル・ラグ(Arches Aquarelle Rag)」だと思うが、ウィリアム・ターナーはそれに次いでラフなテクスチャーを持っている。
厚さは薄手の190g/m2(厚さ0.42mm)と厚手の310g/m2(厚さ0.62mm)の2種類ある。ただし、190g/m2は0.42mmの厚さのわりには用紙のコシがかなりやわらかく、テクスチャーも厚手のものに比べ細かい。つまり、190g/m2と厚手の310g/m2とではテクスチャーの荒さが異なる。用紙単体でハンドリングする場合は310g/m2のほうがコシがしっかりしているので扱いやすい。
用紙の紙白はニュートラルに近い白(b*=2)。あらゆる色相の色と紙白がほどよくバランスする。蛍光増白剤を使っていないので、経年変化に対してきびしい基準が求められるアートプリントに必要な条件を備えている。
【使いこなし方】(注意点)
荒々しいテスクチャーが特徴であるウィリアム・ターナーは、このラフな用紙表面と印刷画像との相乗効果を活かした質感表現にある。例えば、岩肌の表現にはうまくマッチする一方、人肌や静かな水面の表現には一般的には不向きとなる。
とくに上部から照明光が差す場合には、テスクチャーが著しく目立つ。テクスチャーの荒い用紙は鑑賞する距離と照明の具合が大きく影響する。額装して展示する際には、あらかじめ光源位置と展示状態を確認し、想定どおりの見え方かどうかを確かめておくことをおすすめしたい。
印刷には経年変化を生じにくい顔料インクがおすすめ。黒インクには基本的にマットブラックを使う。
エプソンプリンターの場合、プリントモードにはVelvet Fine Art Paperの超高精細モードを使うことがメーカー推奨となっている。
コットン紙であるため気候影響などにより用紙の反りが発生しやすい。反りを残したままプリントすると用紙の周辺部分に印刷よごれを生じる可能性が高くなるし、プリンターのヘッド故障の原因につながりやすい。印刷前には必ず用紙の反りを取り除くことが必要である。
また、用紙表面が欠けやすく、紙粉が乗っていることが多い。プリント前に柔らかい刷毛で紙粉を取り除くことを心がけたい。そうしないと、印刷後に紙粉が剥落して白い欠点が出ることがある。
【評価】
1)紙白の印象、蛍光増白剤 → 5
紙白はb*が2のニュートラルに近い白で、あらゆる色合いのプリントに向いている。また蛍光増白剤は含まれていないので、光源による色の見え方の変化や経年変化の心配がなく、長期保存性に優れている。
2)風合い(面質、テクスチャー) → 3
いろいろな用紙の中でもっとも荒いテクスチャーに類する。被写体の質感がこの用紙の質感と似ているものに適している。一方、被写体と用紙の質感が正反対の場合はこの用紙の選択が正しいかどうかをもう一度自分の中で確認しておいたほうがいい。展示場所がダウンライトの場合、テクスチャーが目立つので光源の位置をあらかじめ確認しておきたい。
3)階調性、黒の濃度、暗部コントロールのしやすさ → 5
階調特性は典型的なマット紙の特性。濃い印象の黒の濃度感が得られる。エプソンPX-5Vの場合はモノクロモードで中間調でマゼンタが乗る傾向が見られた(a*=2程度)。この用紙の場合はICCプロファイルをきちんと作成することをおすすめする。
4)解像感 → 5
解像感はもともと鮮明な表現が可能なうえに、面質の荒々しさの効果で、細かい描写やテクスチャーはシャープできりりとした表現となる。
5)発色 → 4
全体的にはマット紙の標準的なレベルだが、青が鮮やかな印象がある。
(総合評価) → 4
アートプリント紙として品位の高い質感を持つ用紙であるが、荒々しいテクスチャーをどう使いこなすかがポイントになる。何にでもオールラウンドに使うというよりは、被写体の質感を際立たせたいときに使うのがいいだろう。
【L*a*b*の測定結果】カラーモード(ICCプロファイル知覚的)EPSON SC-PX3Vの場合
L*
a*
b*
- 黒の濃度はL*=15とマット紙の中でトップレベル。
- a*はニュートラルで全く問題ない。
- 紙白はb*=2程度とニュートラルに近い白。特性にやや乱れが見られるが、問題ないレベル。
プリンター:Epson SC-PX3V、マットブラックインク、Velvet Fine Art Paper設定(高精細)
ICC Profile : X-rite i1Profiler / i1iSis
PX-5Vの場合
L*
a*
b*
- 黒のL*は18と標準的なマット紙の特性だが、実物の黒の印象は濃く深いマット感を伴う。
- a*はニュートラルで全く問題ない。
- 紙白はb*=2程度とニュートラルに近い白。特性は素直。
プリンター:Epson PX-5V、マットブラックインク、Velvet Fine Art Paper設定(超高精細)
ICC Profile : X-rite i1Profiler / i1iSis
【L*a*b*の測定結果】モノクロモード EPSON SC-PX3Vの場合
L*
a*
b*
- 特性はシャドウからハイライトにかけて素直で使いやすい。
- a*に偏りがないのでモノクロモードで安心して使える。
- b*は中間調がやや青く、ハイライトに向かってやや黄色傾向となるが妥協できるレベル。
プリンター:Epson SC-PX3V、マットブラックインク、Velvet Fine Art Paper設定(高精細)
PX-5Vの場合
L*
a*
b*
- L*の階調は中間調がほぼリニアな一方、シャドウ部が急激につぶれる印象。
- a*の中間調に少しマゼンタ色が乗るのが気になる(a*=2程度)。
- b*は暗い階調の特性がうねるが、とくに問題はない。
プリンター:Epson PX-5V、マットブラックインク、Velvet Fine Art Paper設定(超高精細)
【用紙テクスチャーとプリント色】
【プリント後の彩度と明度変化】
ウィリアム・ターナー(エプソンSC-PX3V)
436→[4]
[参考値]光沢紙(エプソンSC-PX3V)
赤(R)は相応の彩度で表現され、マット紙として標準的なレベル。
ウィリアム・ターナー(エプソンSC-PX3V)
574→[4]
[参考値]光沢紙(エプソンSC-PX3V)
黄(Y)の彩度はよく出ている。
ウィリアム・ターナー(エプソンSC-PX3V)
479→[4]
[参考値]光沢紙(エプソンSC-PX3V)
緑(G)は彩度はマット紙の標準レベルだが、70%以上で色の見分けがつきにくかった。
ウィリアム・ターナー(エプソンSC-PX3V)
424→[4]
[参考値]光沢紙(エプソンSC-PX3V)
シアン(C)は最大値があまり上がらないが、マット紙としては標準的なレベル。
ウィリアム・ターナー(エプソンSC-PX3V)
455→[4]
[参考値]光沢紙(エプソンSC-PX3V)
青(B)の発色はマット紙として良好。明度を下げて色の濃度感を出している。
ウィリアム・ターナー(エプソンSC-PX3V)
358→[4]
[参考値]光沢紙(エプソンSC-PX3V)
マゼンタ(M)は80%あたりから飽和してあまり上がらないが、標準的な発色レベル。
6色の平均点=4.0
ハーネミューレ[ウィリアム・ターナー] 佐藤素子(Motoko Sato)さんの使用感
この紙との出会いで作品づくりが始まった
もともと美術や染色を行ってきたせいか、写真で作品をつくろうと思いませんでした。それは写真というとピカピカの光沢紙を使うものばかりが多かったからで、それは使いたくないと思っていたからです。ところがマットなこの紙と出会い、写真で自分の表現ができると思えるようになりました。キャンパス地のようなこの紙のテクスチャーがとても気に入りました。
A3ノビが最適のサイズ
それからもいろいろなマット紙を試してみました。竹尾のマーメイドも好きですが、これはテクスチャーに癖があるのとコントラストがちょっと出ません。ミュゼオビクトリコのナチュラルコットンペーパーはテクスチャーがないのと紙が薄く、手に取ったときにコシがないので止めました。
ただ、ウィリアム・ターナーの引っ掻いたような質感が好きなのですが、A4ではこのテクスチャーが邪魔になる感じがしました。A3ノビがちょうどいいサイズで、これ以上大きくなってもテクスチャーのよさが出ないと感じています。作品によってテクスチャーが邪魔しているという場合には、フォトラグなどを使うこともあります。