世界のアート情報と先端技術を学ぶ FOTO SUMMIT レポート vol.3

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世界に向けて日本の写真に何が足りないか?」諏訪光二先生&吉田繁先生

世界に向けて日本の写真に何が足りないか?」諏訪光二先生&吉田繁先生

いま狙うべきアート市場はどこか?

諏 訪 私はオリジナルプリントを売りたいと「写流プロジェクト」を2003年に立ち上げました。しかし、当時の日本ではプリントを買わない、作家がプリントをつくらないという状況で、ネットで海外販売もしたいと思ったのですが、大蔵省からはマネーロンダリングになる危険性があるから止めてくれといわれました(笑)。自分のプリント作品を売るためにはいまならどのようにしていけばいいと思いますか?

吉 田 日経新聞でも発表されていますが、世界のアートマーケットの市場規模は6.7兆円です。そのうちの40%を占めるのが米国で、次に中国、UKという順になっています。日本はGDP3位ですが、アートマーケットの規模は10位にも入りません。わずか170億のマーケットしかないんです。世界規模から見るとごくごく少ない。ということはアートは日本のものではないともいえると思います。貿易依存率も日本は30%で7割は内需。こういう側面から見ても日本は国内で写真のマーケットが成立していて、写真をやっている豊かな層はいるが、いい意味でも悪い意味でも国内だけで成立してしまっているのでそのままでは海外へは行けない。日本の写真はガラパゴス化しているといっていいかもしれません。

諏 訪 では、日本の流通の中にオリジナルプリントを販売する市場はないと考えるべきでしょうか?

吉 田 USAは6.7兆円のうちの40%を占めるだけでなく、貿易依存率20%、8割が内需。中国は7割が投資でもっている。内需がとても豊かなので2割が投資という日本とは逆です。例えば中国でここに1億円あるとすると、自国の通貨を信用していないので、リスクを分散するため、価値の下がらないものを買う。だから、中国ではセカンダリーは売れるが、新人の作品のようなプライマリーは売れない。

諏 訪 中国ではすでに売れている著名な作家の作品は売れるけれど、無名の作家だと売れないということですね。

吉 田 そうですね。米国でもプライマリーとセカンダリーの市場は別ですが、最大公約数的な言い方をすれば、私たちがアプローチするのにもっともいいのはおそらく米国です。

諏 訪 でも、SAMURAI FOTOでは昨年アルルのフォトレビューに行ったようにヨーロッパ系にアプローチしたわけじゃないですか。吉田さん的にはもっと米国にウェイトを置きたい感じなんですか?

吉 田 そうなんですが、だから米国にだけアプローチすればいいということにはならないんです。僕が契約しているギャラリーはモスクワにあるんですが、ヒューストンのフォトレビューがきっかけでした。だから、アルルに売り込みに行ってアメリカから仕事が来るということも大いにあります。ロシア南部のクラスナダールで行われた国際写真フェステイバルにも招待されましたが、欧米のギャラリストやキューレター、写真家ばかりでした。ですから、米国のアートマーケットを狙うとしても米国だけに売り込めば成立するというものではないんですね。

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アートの価値を決めるのは誰か?

諏 訪 クラスナダールの国際写真フェスティバルはPhotoVisaでしたね。吉田さんはここに招待されたとき、滞在費や飛行機代、交通費、食事、作品の送料まですべて無料だったとお聞きしましたが、すごいですよね。

吉 田 まあ、そうでない写真フェスティバルもありますが、ここに招待されたり、モスクワのギャラリーで2カ月写真展をやってもらったときに気づいたことがありました。それがアート・トレンドセッターという人の存在です。

諏 訪 初めて聞く言葉ですが……。

吉 田 アート・トレンドセッターというのはアートの価値を認めて、力を行使できる人のことを指します。例えば、PhotoVisaのエグゼクティブ・ディレクターなどがそうですね。僕を呼ぶのに50万かかるとしたら、20人呼ぶには1,000万円かかるわけですよね。彼がいいと認めたら、力を行使することができるので、国際的なフェスティバルが開催できるわけです。

諏 訪 予算も持っているし、力も持っている。そういう存在があるということですね。

吉 田 モスクワの写真展ではオープニングパーティの前に、アートトレンドセッターを含めたV.I.Pだけを招待したトークショーまで準備されていました。ギャラリーも作品を売るために熱心ですから、そういう人を招待するわけです。ですから、アート・トレンドセッターのような人たちに自分の作品がヒットしない限り、海外で簡単には活躍できないともいえますね。

諏 訪 では、なんとかそういう人にたどり着いて、自分の作品を見てもらうことが大事だということになりますね。

吉 田 そうですね。海外のフォトレビューなどではそういう方との出会いももちろんあります。ギャラリーとの契約にばかり目がいっていて全然気づかなかったのですが、右も左もわからずに挑戦してきて、5年経ってやっとわかってきたことです。PhotoVisaのでディレクターは来年のヒューストンのフォトレビューにも来るので、SAMURAIFOTOのメンバーの作品を見てもらおうと思っています。

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情報を共有することで海外に行きやすくする

諏 訪 5年かけて吉田さんが海外で学んだことをSAMURAI FOTOでは勉強会やホームページなどで惜しげもなく公開していますよね。

吉 田 はい、SAMURAIの会費は情報を共有するために使われています。会員が国際フェスティバルに招待されれれば、そのレポートを載せて、何が求められているのか、現地に行けなかった人にも共有してもらいたいと思ってのことです。

諏 訪 でも、行くとなるとお金がかかりますよね。

吉 田 それはもうかかりますよ。僕はアルルに3回、ヒューストンに2回、パリに1回行っています。1回につき仮に60万円かかったとしても360万円になります。最初は作品が売れればいいと思って行っていたのですが、やっと昨年から売れるようになったくらいで、全然回収できていません。それでも、売ることよりも大きな喜びがたくさんあったんですよね。

諏 訪 フォトレビューは参加するだけでモチベーションが上がったり、レビュアーや写真家の知り合いがたくさんできると、以前、吉田さんから聞いたのですが、そのことですか?

吉 田 僕がアーティスト・ステートメントという言葉を知るまでには2年かかりました。また、フォトレビューではレビュアーにCDを渡すんですが、この中身を知るのにも3年かかってます。同時に名刺代わりのようなリーフレットも渡すんですが、この存在も知らなかった。でも、去年アルルに行ったメンバーは全員、これらを万全にしていきました。そういう準備ができたおかげで10人も行くことができたのがとても嬉しかったんです。

諏 訪 ステートメントの添削をしてもらえるのはわかっていたのですが、SAMURAI FOTOにはいろんな機能があるということですね。入会したばかりで僕もまだ把握できていませんでした(笑)。

吉 田 ステートメントづくりで自分の思想を固めることはもちろんのこと、これを英訳する機能もあります。日本人とネイティブの二重チェックですが、とても安価でやってもらっています。その英訳からさらにレビューのときの会話用に伝わりやすい言い回しをつくってもらうことも可能です。レビューのときに渡すリーフレットも腕のいいデザイナーにやってもらっているので、すごくカッコよくできます。作品の写真よりリーフレットの中の写真のほうがよく見えるくらいです(笑)。それから、本番のレビュー前には日本でリハーサルもやっています。ネイティブの写真家の方に本番さながらの20分のレビューを行うんですね。こういうのもひとりでは難しいけれど、集まってやるからできることで、いい練習になっていますね。

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作品で何をもたらすか、どう貢献できるかが大切

諏 訪 では、いまの吉田さんがこれから海外に挑戦する人へのアドバイスがあるとすれば、どんなものでしょうか?

吉 田 来年3月にヒューストンで開催されるフォトレビューの話が出ていますが、フォトレビューというのはほとんど写真フェスティバルの中の1つの活動として行われているんですね。ヒューストンならFOTO FESTです。こういう国際的な写真フェスティバルの多くは街の振興のために行われています。FOTOFESTで大きな媒体のひとつになっているのはMFAH(The Museum ofFine Art Houston)で、全米ナンバーワンのキューレターとして有名なアン・タッカーさんがいた大きな写真美術館です。ここが何をやっているかというと、もちろん写真の収蔵もしているけれど、子どもを集めてカメラを貸し出してテーマを与えて撮らせている。つまり、写真を通して文化の育成をしているわけです。フォトレビューはMFAHの活動も含めた大きな活動の一端を担っているわけですから、おのずと求められることが出てきます。

諏 訪 なるほど、日本にいるとその辺がなかなかわからないことですね。

吉 田 それとFOTO FESTではいま何をやっているかというと、「I Am A Camera」というタイトルでの写真展です。これはLGBTQ(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、ジェンダークィア)という性的マイノロリティがテーマになっています。なぜ、これがテーマかというと今春、米国では最高裁でゲイの権利を主張する人たちが勝訴しました。このニュースは大騒ぎになったわけですが、この問題に対して写真家たちがステートメントでさまざまな提案を書いています。

諏 訪 写真家たちが社会問題に対して、自分の思想を語っている写真展ということですね。

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吉 田 米国はフォトジャーナリズムの影響を受け続けてきて、そのうえでアートマーケットがあるということを理解するとこういう写真展が開かれる構図もわかってきますよね。海外に行くなら、どういう思想が提案できるかが大事だということです。日本人の思想を写真にのせて輸出し、社会に貢献することが求められる。PhotoVisaに招待されたときもいろんな国の写真家がいましたが、それはこの国の人がどういう思想を持っているのか、それを知ることによって自分たちの文化を高めたいとの狙いがあるからではないとか感じました。

諏 訪 社会に貢献できる写真家が評価されるということでしょうか? 思想が大事だという意味が少しずつわかってきました。

吉 田 世界中が抱えている問題に対して、いまを解き明かして、写真の側に立って提案することがものすごく影響力を持つということだと思います。

諏 訪 でも、そうすると相手が求めてくる新しいテーマに対応して、作品をつくっていかなければならないということになりますか?

吉 田 いえ、全部が全部そうである必要もないですし、事実の別のもので評価されているものもたくさんあります。ただ、報道写真ではなく、アートとしての写真に人類の問題に対する提案を込められたら、それはとても意味があるものになると思いますし、最大公約数的にいうと、そういう作品のほうが打率が高いということです。

諏 訪 こういう写真がいま受けるからというのと、自分のやりたいもの訴えたいものが別にあったときには葛藤が生まれますよね。

吉 田 そういうときは自分がやりたいほうを選ぶべきだと思います。優れた主観性は優れた客観性を生みますから。徹底的に自分のわがままを突き詰めていく。すると、おのずと客観性は生まれると思います。

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自分を捨てながら新しいものをつくっていくのが作家

諏 訪 いま、日本ではいろんな人がいろんな写真展をたくさんやっていますが、サインも入れないし、エディションも切らないというのがほとんどですが、これについてはどう感じていますか?

吉 田 僕は作品の裏にかならず、タイトルと撮影年、プリント年、エディションとサインを入れています。プリントを依頼していればプリンターの名前も入ります。

諏 訪 それが一応、ルールですよね。

吉 田 とくにエディションは作品の価値を高めようとするなら絶対必要です。そうであっても、同じテーマで5年も10年も撮っていると似たような作品が膨大になる。だから、アンセル・アダムスなどは価値が下がってきました。

諏 訪 米国はシリアルを切るんですが、プリントの年が違うとでき上がるイメージが違うからと別エディションになったり、サイズが変わっても別エディションになって、同じ写真からいくつものバリエーションのエディションが生まれたりしていましたが、いまはどうなっていますか?

吉 田 価値が下がるから、いまは少なくする傾向にありますね。作家は自分の作品の価値が上がることをしなくちゃならないと思います。いま、アートマーケットでいちばん成功している日本人は杉本博司さんだと思いますが、いくつプロジェクトを持っていると思いますか? 10個や20個じゃないと思いますね。なぜかというと、価値を高めるためです。エディションを5枚として、全部で10作品のプロジェクトでも50枚。でも、同じシリーズ(プロジェクト)の中の写真を増やしていって、100枚、200枚と増えていくと当然、価値は下がってきます。

諏 訪 プロジェクトというのは作品群ですよね。作品群は点数を増やさないほうがいいということですか?

吉 田 モスクワのギャラリーで写真展をやったとき、隣の部屋ではアーノルド・ニューマンの写真展をやっていました。当然、価格は一桁違いましたが、つまり、僕たちの競争相手は死んだ人ということになります。だから、彼らと同じように「もう、あの作品は出てきません」という状態をつくる必要がある。そのために別のプロジェクトをつくらなければならないということです。

諏 訪 ひとつの作品群をつくってエディションを切ったら、そこで作家もそれを終わらせてしまうということですね。

吉 田 そうですね。でも、それが大変なんです。ピカソみたいに次から次へと新しいプロジェクトを生み出して、新しい提案をし続けるのはアーティストなら当たり前のことですが、それはそれは大変なことをいま僕は実感している最中です。

諏 訪 一回でき上がった自分をつぶすというのはとても大変ですよね。そのうえで次も生み出していかなくてならない……。

吉 田 さらにアートマーケットでは時代に合わせて新しいことを提案していかないとならない。2年後、4年後には求められるものも変わってきます。だから、昔ながらの花鳥風月を撮ってアートだといってもなかなか認めてもらえないんです。

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日本人には大いに可能性がある

諏 訪 求められるものが変わっていくアートの世界では敏感にアンテナを張っておく必要があるということだと思いますが、そういう中で日本の写真家たちは何を勉強すべきでしょうか?

吉 田 とくに見ておいてほしいのは海外のニュースです。これは作品づくりのためにもなりますが、海外に出たときにはキューレターやギャラリストとコミュニケーションをとる必要があるからです。

諏 訪 それは報道写真家でなくても必要ということですね。

吉 田 レビューだけならまだなんとかなりますが、写真フェスティバルなどに招かれると同じホテルに泊まっていますから、朝食で会うし、移動のときもパーティでも一緒になります。そういうときに外国人の人はコミュニケーションが本当に上手で、どんなところでも声をかけて簡単なチャットをしています。

諏 訪 そういう雑談をしながらネットワークを広げていくのが大事だということですね。

吉 田 話題がないと話しかけられませんから。だから、海外のニュースは日常的に見ておいて、それをきっかけに会話をするということです。じつは、コスモスインターナショナルの新山社長のツテで数年前に、サンディエゴにあるMoPA(Museum of Photographic Arts)館長のデボラ・クロチコさんに東京でレビューを受けたんですが、そのあと昨年、PhotoVisaでお会いしました。一緒に招待されていたのをまったく知らなくて驚きましたが、そこで立ち話するうちに、作品を寄付してくれないかという話になりました。

諏 訪 コミュニケーションとして最低限、英語が話せないといけないということですよね。それで、吉田さんはずっと英会話をやられているんでしたよね。

吉 田 もう、いい歳ですから、すぐに忘れるんですけどね(笑)。

諏 訪 ほかに日本にいるとわからないけれど、知っておくべきことはありますか?

吉 田 美術館には収蔵品というのがありますが、買ってしまったものは資産ですから運用しないといけない。ですから、この写真が今後どのくらいの価値を生むか見極めることが要求されます。例えば、友人のスイスの写真家Luca Zanierは美術館にたくさん作品を買われている。スケール感のある都市風景とか建築を取っているんですが、最初、僕は彼の写真がなぜそんなに受けるのかわかりませんでした。

諏 訪 なるほど、それがいまはわかったということですね。

吉 田 海外の場合、アートといえば絵画と彫刻と建築です。建築もアートなんですね。だから、彼の撮っている現在を代表する建築物の写真は5年後、10年後、100年後に絶対価値が上がる。それで美術館は買っているんです。

諏 訪 いまあるものの資産価値がどれだけ上がってくるか。海外では、作品を運用するからそのノウハウもわかっているということになりますね。日本だけにいると知らないノウハウがまだまだいろいろありそうですが、では、最後に日本で写真をやっている皆さんにメッセージがあれば、お願いします。

吉 田 日本は可能性がとてもあるということをいいたいですね。ここにいる皆さん全員に海外で認められる可能があります。というのも、日本には掘り下げるべき深い文化がたくさんあります。さらに皆さん、いいカメラやプリンターを持っていますよね。日本のカメラとプリンターは世界に通用しますし、結構、自由になるお金もお持ちだと思います。それと、SAMURAI FOTOを見ていてわかったことは、世界に挑戦しようという人がいると、その人をサポートしようという人が必ず出てくるということです。そういうサポーターを上手に使うというのはだいたい女性なんですけどね(笑)。

諏 訪 SAMURAI FOTOもNPO法人になるようですが、僕も勉強させてもらいながら、今後、もっと多くの方々と一緒に世界を目指していけたら、さらにおもしろくなっていくと思います。今日はありがとうございました。

*FOTO SUMMIT レポートはvol.1~4まであります。引き続きご覧いただけると幸いです。

当日の動画は[Members only]ページから見ることができますので、SAMURAI FOTOメンバーの皆さんはそちらからご覧ください。